パナソニック電送社友会
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No.309
インド紀行

2023年11月
植木圭二
 
 旅行会社のパッケージツアーで妻とインドに行ってきました。インドは多様性の国、 人口世界一の国、カレーの国、数学と天文学の国、そして歴史文化もたっぷり詰まった国でした。
 
█ 交通渋滞、そして喧噪の世界
  空港の外に出ると、驚くほどの交通渋滞で喧噪の世界が待っていました。乗用車以外に路線バス、そして三輪タクシーが多く、その隙間に多数のオートバイが割り込んできます。

【交通渋滞】
 街を歩く人、露天で物を売る人、とにかく人が多い国です。これが人口世界1位、14億人の国なのでしょう。 それにしても若い人が多いように感じます。国民の平均年齢を調べた統計によりますと、日本は48才、インドは28才と驚くべき数字になっています。

 街で見かけた多くの人々は決して裕福と言えませんが、一部の人は高級車に乗っています。 貧富の差は相当に大きいようです。インドは人口の1%の富裕層が全体の富の73%を占めているという調査結果がありますが、 その1%でも東京都の人口よりも多いのですから、物事を日本の感覚で捉えてはいけないようです。

【市街地は喧噪の世界】
█ 多様性、そしてカレー
  インド憲法ではヒンズー語と英語を共通語としていますが、その他に22の指定言語を定めており、多民族国家ということがよく分かります。 その多民族国家のインドに面白いことわざがあります。それは「15マイルごとに方言が変わり、25マイルごとにカレーの味が変わる。 100マイル行けば言葉が変わる」というものです。1マイルは1.6kmですから40km移動するとカレーが違う味に変わることになります。

 このことわざでカレーの味が変わることはわかりますが、カレー文化そのものはインド全体にあることもわかります。
 カレーはレストランで朝昼晩、毎日出てきます。そもそもカレーはいろいろなものを混ぜた料理、つまり多様性の料理です。 あるレストランでは、そのカレーがさらに十種類くらい大きな壺に入って並んでいました。もちろんどれも違う味で、多様性の料理がさらに多様にあるということです。

【レストランの各種カレーが入った壺】

【あるレストランの昼食 もちろんカレー主体】
 
█ フマユーン廟
  インドは他民族で統一が難しかったのですが、1526年にイスラム教のムガール帝国が全土を統一しました。 この頃の日本は戦国時代の始まりの頃ですので、多様化に進んで行く途中でした。

 そのムガール帝国第2代皇帝フマユーンの墓「フマユーン廟」がデリーにあります。 赤砂岩でできているので全体的に赤く、ドームは大理石で白っぽく、どの方向から見ても左右対称のシンメトリー構造をしています。
 フマユーンの妃はペルシア出身なので、その影響から庭園はペルシア様式になっています。 正方形の庭園を4つの区画に分けるので四分庭園と呼ばれており、この建築様式はムガール帝国の廟の原型になり、後のタージマハルに影響します。

【フマユーン廟の正面 手前が四分庭園の中心の噴水】
 
█ アグラ城
  ムガール帝国の首都だったアグラには「アグラ城」があります。

 赤砂岩で築かれており赤い城とも呼ばれて、城壁の総延長は約3kmもあり、とにかく広い城です。 城内の宮殿部分には白大理石が多用されており、今でも昔の栄華が色濃く残っています。

【アグラ城の城門正面】

【アグラ城の中庭】
 
█ ファテーブルスィークリー
  アグラの西約40km、台地の上に建設された宮殿都市「ファテーブルスィークリー」があります。ここも赤砂岩で造られているので全体的に赤茶色をしています。
 この都市も一時的ながらムガール帝国の首都になりましたが、猛暑と水不足のために14年間しか使用されず、廃墟となってしまいました。 インド人が逃げ出す猛暑とは・・・、“インド人もびっくり”だったのでしょう。

【ファテーブルスィークリー】
 
█ アンベール城
  デリーから南西に約280km行くとジャイプールという都市があり、その郊外にラージプート族の造った城「アンベール城」があります。

【アンベール城の外観】
  城は小高い山の上にあります。いわゆる山城(やまじろ)のはずですが、見事としか言いようのない造りをしています。 そしてインド国内はもとより世界中から多くの観光客が見物に来ています。

【アンベール城の城門を入ってすぐの広場】
  この城は戦のための要塞という側面と、王と12人の王妃のための宮殿という側面を有しており、 強固かつ壮大でありながら豪華絢爛な造りになっています。キラキラ輝くガラスを散りばめた天井の装飾も見事です。
 2階部分は王が暮らす住居スペースで、12人の妻は1階にある12部屋に分かれて暮らしていました。 王の住む2階から1階の各部屋に降りるために12の別々の階段があるという、何ともうらやましい(?)構造をしています。

【豪華な天井の装飾】
 
█ タージマハル
  アグラ城の東2kmのヤムナー川沿いに有名な「タージマハル」があります。もちろん世界遺産でインド観光の最大の目玉です。
タージマハルは宮殿でも寺院でもなくムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが王妃ムムターズ・マハルのため建設した廟です。 ムガール帝国最盛期の最高傑作で、インド・イスラム文化の代表的建築でもあります。

【正面から見たタージマハルの廟とミナレット 左右にモスクと迎賓施設が見える】
 タージマハルの敷地は南北560m、東西303mの長方形をしています。南側約1/4の部分に芝生の前庭があり、 この前庭だけでも結構広くて、その前庭を突き進んで行くと大きな門があります。この門だけでも第一級の建造物です。

【タージマハルの門】
 門をくぐって広がる庭園が一辺296mの正方形で、水路と歩道によって庭園が東西南北に4分割されており、 フマユーン廟と同じペルシア様式の四分庭園になっています。

 その奥に廟の基壇、中央にドームを冠した立派な廟があります。基壇の四隅には高さ42mのミナレットが立っており、 ガイドの話ではミナレットは少し外側に傾いていて、地震があった時に廟の側に倒れないためだ言います。
基壇と廟とミナレットは白大理石でできており、築400年近く経つのにその白さと輝きを失っていません。

【基壇に建つ廟とミナレット】
 廟の内部のホールの中心にムムターズ・マハルの白い大理石の墓石があり、その左横に夫のシャー・ジャハーンの墓石が置かれています。

【廟内部中央のムムターズ・マハルの墓石】
 廟の両サイドにはモスクと迎賓館が建っています。建物の役割は違いますが、 完全に左右対称を保っています。そしてこの建物一つとっても第一級の建築物です。

【廟の東側にある迎賓施設】
 廟を出て振り返って門を観ると、また違う景色が広がっています。 そして四分庭園がはっきりと認識できます。

【廟から観る門と四分庭園】
 タージマハルは、もとにかく“素晴らしい”の一語に尽きます。その圧倒的存在感で足がすくむ思いがして、 私がこれまで見てきた寺院や教会や廟で、これほどの感動を覚えた施設は記憶にありません。
 
█ ピンク・シティ、風の宮殿
  ジャイプールには城壁に囲まれた旧市街地があり、全ての建物はピンク色に塗られているから「ピンク・シティ」と呼ばれています。
 ピンク色に塗られた理由は、イギリスの王子がジャイプールを訪れることになり、 その王子の好きな色がピンク色だったから歓迎するために街中をピンク色に塗ったとのことです。

街の中心地に「風の宮殿」と呼ばれる建物があり、正面から見ると大きいですが、奥行きはほとんどないという珍しい形をしています。 この建物はかつてこの街を治めていた王によって建てられ、5階建てで表通りに面して953の小窓があります。 この小窓から宮廷で働く女性たちは街の様子を見ていたといいます。

【風の宮殿】
 
█ ジャンタルマンタル天文台
  “0(ゼロ)”を発見したインドでは数学、そして天文学が盛んでした。ジャイプールには世界遺産 「ジャンタルマンタル天文台」があります。1728年にできた天文台で日時計などの観測義が20くらいあります。
 石でできた大きな日時計は1分単位で時刻が分かり、私の電波時計と同じ時間を示していました。

【日時計】
 
█ 高級リゾートホテル
  タージマハルの近くの高級リゾートホテルに泊まりました。 広大な敷地で四分庭園を模した庭と噴水、3階建ての白い建物など、タージマハルを意識した施設になっています。 その中で特に驚いたのは部屋に行くまでの廊下が3階吹き抜けで、私はこんな廊下は経験したことがありません。

【1階から3階吹き抜けの廊下 2階の廊下から撮影】
 翌朝、ベランダに来た小鳥のさえずりで目が覚めました。インドに来た時は喧噪の世界に驚いていましたが、今は静かな朝を迎えています。 それはまるで別世界、無の空間といったところで、さすが0(ゼロ)を生んだ国です。そして喧噪も静寂も何でもありの国だと思いました。
 
  以上、インドを簡単に紹介しましたが、紹介できたのはほんの一部です。 実際に私が現地に行って体験したことをもっと詳しく書いた旅行記を公開しています。 「旅のチカラ研究所」のホームページの旅行記「インド紀行2023」を是非ご覧ください。
  http://tabinotikara.com/index.html

植木圭二
 
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